嘔吐

統合失調症の女が色々考えるブログ

減薬に成功

アロチノロールが消えました。ハッピー!

現状、わたしは12種類の薬を飲んでいた。
特に朝昼晩飲む薬が多く、困っていた。
昼に会社でこれだけの数の薬を飲んでいたら、間違いなく上司が黙ってない。
復職する際の産業医との面談でもひっかかるだろう。

それが1つ減ったのだ。これほど嬉しいことはない。
デパスワイパックスをODする癖はなくならないし、瀉血もする厄介メンヘラだが、それでも薬が減ったのはいいことだ。
こうやって朝昼晩の薬を減らしていけば、血圧を上げる薬も飲まずに済むかもしれない。
どんどん薬が減っていけば、わたしの社会復帰も近いだろう。

今日はこの後にライブに行く。
しかしながら、家を出る前にコーラックを飲んできてしまったのである。
ゲリライブ!になるのだけは避けたいので、冷たいものでも飲んで下痢を誘発しようかと思ったが無駄に終わった。
ライブが終わるまでに下痢をしないことを祈るしかない。

急に降ってきた雨で、オン眉にした前髪も台無しになってしまった。
午後には止むと言っていたじゃないか。天気予報は嘘つきだ。
まあ斜め分け前髪でも見れない顔ではないのでよしとする。

今日はお気に入りの薬剤師さんに薬を処方してもらえた。
この薬剤師さんのなにがいいかと言うと、顔がイケメンなのである。
わたしはイケメンが大好きだ。テンション爆上げであった。
今日もデパスをワンシートODして家を出たわけだが、それについては窘められた。
けれど、イケメンから窘められるのが嬉しくてやめられない感がある。
どれだけ男に飢えてるんだ、わたし。
彼氏は忙しくてわたしに構ってくれないので、こうした身近なイケメンに出会うとすぐ相手のことを好きになってしまう。
来週の担当も、このイケメン薬剤師がいいなと思うわたしであった。

そろそろライブ会場に向かおう。
目一杯楽しむぞ。本当に楽しみだ。

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休職に飽きてきた

タイトルの通りである。

わたしは今、会社を休職している。お金もないので、医者にいく日以外は基本的に家で過ごしている。
だから、人恋しくて仕方がないのである。
彼氏はわたしに構っている場合ではないようだし、友達を遊びに誘おうにもわたしと違って平日働いているので、なんとなく気後れするのである。

ぶっちゃけ暇だ。
静かに文を書いて、静かに読書をする。
今のわたしにはそうすることが必要なのはわかっている。だが、たまには外に出たいのである。

わがままかもしれないが、暇すぎるのも苦痛だ。たまにでいいから外に出たい。
誰かと遊びたい。

明日は、医者に行って進撃の軌跡のライブに行ってくる。
ぼっち参戦だが、楽しんでこれればいいなと思っている。

明るいメンヘラになりたい

わたしは明るいメンヘラになりたい。
と言うのも、「死にたい……死にたい……」と言っては鬱屈な気分になることに飽きたからだ。

「わたしには存在価値がないんだ……」今更何を言っているんだ感満載である。
「死にたい……」じゃあ死ねとしか言いようがない。
「いなくなくなりたい……」姿をくらませ。
「つらい、寂しい……」ブログを更新しろ。こんなクソブログだが読者はいるし承認欲求十分満たせるぞ。

なんにせよ、うじうじしていても意味がないと思うようになったのだ。
わたしは統合失調症だから、この病とは一生付き合っていかねばならない。
そう考えると、死にたい死にたいと口にするよりは、もう少し別のことを言った方がいいのではないかと思うのだ。

たしかに死にたい。
死にたい気持ちに変わりはない。
今日も車道に飛び込みたいと思うのだろうし、いつか飛び降り自殺でもするんだろうなあという漠然とした予感もある。
けれど、生きている間くらいは、できるだけ明るいメンヘラでいたいと思ったのだ。

「死にたい、、、わたしに存在価値なんてないんだ」よりも、「イエ〜〜〜イ今日も元気に希死念慮!」の方がテンションも上がっていいと思うのだ。

この一生ものの病気でわたしはこれからも苦しむのだろう。
聞くに耐えない幻聴や薬の副作用に悩まされるのだろう。
それでも、諦めて統失と向かい合っていかねばならない。

今、わたしには夢がある。
優しい彼氏もいる。
もう少し、生きることに意義を見出してみたい。
鬱屈として家に引きこもっているよりは、外に出た方が健康にもいい気がする。

わたしは明るいメンヘラでありたい。
自殺するその間際まで、明るいメンヘラでありたい。
まあメンヘラなので、時々ダウナー系ツイートやダウナー系ブログを書くこともあるだろうが、極力明るく日常や思ったとを綴っていきたいと思っている。

今、祖母の家にいるのだが、祖母の家は落ち着く。
室内でタバコは吸い放題だし、おいしいコーヒーも飲める。
まだまだ会社復帰の目処は立っていない。今の会社に戻れるかどうかもわからない。
けれど、今のわたしにできるのは、今を楽しみ、夢を追うことだけだ。
これからも明るいメンヘラでいたい。アクティブなメンヘラでいたい(アクティブすぎて自殺するかもしれないが)。

今日も家に帰ったら、父と一緒に散歩に行こう。
散歩は鬱病予防にいいらしい。統失なので手遅れ感はあるが。
散歩をして、ダイエット頑張ろう。
あとマイナス3キロ。目指せスリム。

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二度目の自殺未遂

さて、今回はメンヘラらしくメンヘラっぽい記事を書こうと思う。
お題はタイトルの通りである。
わたしは過去に二回自殺未遂をした。一度目は瀉血で、二度目は車道飛び出しだ。たしか、瀉血については以前書いたと思う。
今回は二度目の自殺未遂について書こうと思う。

その日、わたしは一人で散歩をしていた。
普段なら父がついてきてくれるのだが、その日は父がいなかった。
なので、一人で散歩をしていた。
車が走る。わたしはそれを眺めている。
むくむくと湧き上がってきた感情――「轢かれたい」

こんな経験はないだろうか。
例えば、駅のホームで走ってくる電車が見えると飛び出したくなる。
高いところに行くと、飛び降りたくなる。
ロープがあると、首を絞めてみたくなる。
わたしはいつも、そう思っているのだ。希死念慮から来る自殺願望……自分でも止められない衝動だ。

本当は、夢もあるし、三十路までは生きていたいのだ。
しかし、自殺は本当に衝動的なものだ。いつ死ぬか、わたしにもわからない。
なにはともあれ、わたしは散歩をしていて、そこで車に轢かれたくなったのだ。

T字路から車が走ってきた。
よし、逝ける!!!!!!!!!!!!
わたしは勢いよく車道に飛び出した。そして、はねられたのだ。
車の中から運転手が慌てて降りてくる。「大丈夫ですか!?」そう声をかけてくる。
わたしはしばしその場で茫然としていた。死ねていない。それ上、大した怪我もしていなかったのだ。
相手がT字路から出る際に徐行運転をしていたのも幸いして、わたしはのうのうと生き延びてしまったのだ。
必死に謝ってくる運転手に、わたしも必死に謝った。元はと言えばわたしの自殺衝動で起こった事故だ。100%わたしが悪い。
尚も謝ろうとする運転手を振り切って、わたしは何食わぬ顔で散歩を続けた。
家に帰って、全身を見てみたが、大きな痣ができていただけで、他に怪我の一つもなかった。
この肉体はあまりにも強靭すぎた。もっとスピードを出している車に跳ねられるべきだった。
そんなわけで、わたしの二度目の自殺は失敗したのである。

今回の一件から学んだ。
人に迷惑をかける自殺方法はやめよう、と。
わたしが勝手に車道から飛び出しただけなのに、運悪くわたしを跳ねてしまった運転手がいい人だったら、きっとわたしが死んだら一生悔やみ続けるだろう。
まだ若い女性を自分が殺してしまったことに罪悪感を感じるだろう。
もし次に自殺したくなったらば、飛び降りを選ぶことにしよう。
夜が明けぬうちに、誰にも知られずひっそりと死のう。

何度でも言うが、三十路までは生きていたいのだ。
しかしながら、自殺企図は止まらないのである。
この世界は、メンヘラにとって生き辛い世界だ。
特に、統合失調症を患ったわたしにとっては、日々の幻聴やまったく寛解の兆しがないこと、それに希死念慮と合わさって、ますます生き辛い。
はやくこの人生を諦めたい。今まで何度そう思ったことか。
しかし、叶えたい夢がある。
その夢が叶えば、わたしの人生観もまた変わるのかもしれない。

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遠距離恋愛

わたしには今、遠距離恋愛中の彼氏がいる。
その彼氏が、まったく連絡をくれないので、ここ最近メンヘラ爆発させていた。

遠距離恋愛だからこそ、マメに連絡がほしい。
そうでないと不安になるから。
電話だってしたいし、存在を近くに感じていたい。
せめてラインの返信だけしてくれればいいのに。

わたしの心は冷めてきていた。
今でも彼氏のことはある程度好きだ。
だが、こうまで連絡がこないと不安になる。

そこで、先程電話をかけた。
彼氏はすぐに電話に出た。
曰く、今も仕事中で、月末までは忙殺されているという。
それを聞いて、ようやく心の整理がついた。
でも、忙しくて連絡できないなら最初から言えよとも思った。

電話をかけた後、ラインが入っていた。 不安にさせてごめんね。 まったく本当にそうだ。メンヘラなので、不安になるのだ。
不安にさせないでほしい。

本当はもう別れようかと思っていた。
けれど、彼氏の方にまだわたしと付き合う気があるらしいので、今回の件は不問にすることにした。

月末まで気長に待とう。愛も薄れているし、あとは時の流れに身をまかせるだけだ。
その間に、夢を叶えるための修行をしよう。 そう思った。

恋愛は難しいと感じた一件だった。

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開き直るしか道がない

統合失調症は治らない病気である。
寛解こそすれ、それが0になることはない。
ある種不治の病にかかってしまったわたしには、一体なにができるだろうか?
そう考えた時に、メンヘラ芸人としてメンヘラを一つのコンテンツにするしかないと思うわけなのである。

この世にはメンヘラが溢れている。
腕を切るメンヘラ、瀉血をするメンヘラ、エトセトラエトセトラ。
うじうじ死にたいだのなんだの言っていても仕方がない。この病気にかかってしまった今、死にたいとどれだけ思っても行動に移さない限りは死なないのである。

メンヘラをコンテンツにすることには賛否両論あると思う。
開き直ったメンヘラは、自分の病気をネタにしているのであって、それを治そうという意思にかけているからである。
いやそこは治すために頑張れよ、が普通の人間の思うところだろう。
しかしながら、治らないのである。不治の病なのである。

開き直って今の状況を受け入れるしかない。
それなら、面白いほうがいいのではないだろうか。
わたしもブログにうじうじと愚痴を漏らすが、現実、そう言っても誰も聞いてくれないのでブログに吐き出しているわけである。

わたしはメンヘラ芸人を諦めない。
芸人だ。芸人なんだ。そう思うと少しだけ心が救われる。
これからもツイッターでメンヘラ芸人をやっていこうと思っている。

これは余談なのだが、母親がわたしが入院することに前向きで困っている。
できれば入院などしたくないのだが、しろと言われれば仕方がない。
今度医者に行った時に金銭面のことについて詳しく聞いてこようと思っている。

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家族に病気の理解が得られない

わたしの母は、わたしの病気に理解を示そうという気がない。
もとより、ヒステリックな人で、理屈でものを言えない人だ。他人がその言葉をどう受け取るかを全く考慮せずに口に出す。
わかっていた。そんなことは最初からわかっていた。
わかっていたが、統合失調症のわたしにしてみれば、それはつらいことなのである。

先日の会話だ。
母が、「弟くんは大した努力をしなくても結果を出せる子だから」と言ったのに対して、「わたしもそうだったから、大した努力もせずにそこそこの大学にも入れたし」と返した。
すると母親は、「あんたの場合、今までのツケが今回ってきてるんじゃん」と言われた。
わたしはこの言葉にショックを受けた。なりたくもなかった病気になって、それを「今まで人生楽していたツケ」だなんて言われて、大いに傷ついた。
この人はわたしを疎ましがっている――真っ先にそう思った。わたしのことが嫌いだから、そんなことが言えるんだと思った。
これはわたしの被害妄想かもしれない。けれど、わたしを傷つけるのには十分な言葉だった。

本当に親としてわたしを支えてくれようとしてないんだな。そう思った。
むしろ、わたしを邪魔者だと思っているのではないかとすら思えた。
その言葉を聞くことで、わたしがどれだけ被害妄想に陥るかを考えなかったのか。
統合失調症という病気に理解を示そうとはしてくれないのだろうか。

ここで、わたしは母を母だと思えなくなってしまった。
ひどいことを言ってくる他人……そのくらいにしか思えなくなってしまった。
気がつけば、母のことを「母さん」とは呼べなくなり、「あなた」としか呼べなくなった。
それなのに母親は、自分にはなにも非がないとでもいった態度で、「わたしはあなたの母親なのになんであなただなんて他人行儀なことを言うの」と言うのだ。 今まで散々わたしを苦しめて、同期は頑張って働いてるのにあなたはなんで働けないの?と追い詰められ、言う言葉が見つからないわたしを冷ややかな目で見てくる。
ああ、わたし、母に嫌われてるんだ。被害妄想かもしれない。けれど、そうだとしか思えない。

母に期待するだけ無駄だと父は言う。
父は、唯一わたしの病気に理解を示してくれる存在である。
父はわたしに言う。
「昔から、あの人はそういう人だ。だから、病気の理解を得られるだなんて希望は最初にから持たないほうがいい」
悲しいことだが、そういうことらしい。

わたしが母のことを「母さん」と呼べる日は、もう来ないのだろう。
互いに疎ましがって、それでお終い。家族の絆なんて脆いものだ。くだらない。
ただの愚痴の吐き出しになってしまったが、わたしは本当に悩んでいる。
母がいることがストレスになって、入院しようかとも思っている。

なぜ家族なのに期待してはいけないのか。
なぜわかってくれないのか。
入院を打診されるほど病状が悪化しているわたしに、「今まで楽してきたツケ」だなんて言葉が吐けるのだろうか。
それを聞いたわたしがどう思うか、なぜ考えないのか。

家族に迷惑をかけている。その自覚はわたしにもある。
だが、そこで家族に「あんたがいると迷惑だ」とでも言いたげな言葉を受けると、傷つくのである。
おそらく母とわたしが互いに理解し合うことは一生できないんだと思う。
家族の絆を諦める。これ以上に、悲しいことがあるだろうか。

理解してほしい。掃除も洗濯も炊事も、できるならば自分でやっているし、今頃働いてもいるだろう。
それができないから病気なのだ。なぜそこに理解を示してくれないのだろう。

いや、もうやめよう。
他人に期待するだけ無駄だ。
悲しいけれど、母のことは他人だと思って生きていこう。
そうでないと、この家にいることがストレスで余計に病状が悪化してしまう。
わたしには父親がいる。それだけで十分だ。

さようなら、母さん。
これで最後だ。あなたを母だと思うのは。 一日中家にいてもご飯の一つも作ってくれないようなあなたにもう興味はない。
理解者は父だけでいい。父だけを信じて生きていこう。

さて、明日は父親からの作家修行宿題が出ているので、頑張ってプロットを練ろう。
うじうじしていても仕方ない。
わたしは自分の夢を叶えるために努力するだけだ。
いつか作家になったら、父を旅行に連れていってやる。頑張ろう。

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