嘔吐

作家になりたい統合失調症の女が色々考えるブログ

一年前の記事を見て

今日は暇だったので、自分が過去に書いた記事を読み返してみた。

まず思ったことは、
「なぜわたしはこんなに死にたがっていたのだろう?」
ということである。
いや、今でも正直死にたい気持ちはある。
それはもうあるにあるを重ねても足りないくらいにある。
けれど、それを記事にしたりだとか口に出したりだとかすることは少なくなった。
だから、過去のわたしがここまで死にたがっているのがなんだかおもしろかった。

同時に、過去のほうが読んでて今に比べて少しだけおもしろい記事が書けているような気がした。
メンタルが追い込まれているときのほうが、愉快な記事が書けるのかもしれない。
今のわたしの書く記事ときたら、単純に思ったことを書くだけの、それこそ露出狂かよというレベルで心情を吐露しているだけだ。
おもしろく書こう! という気に欠けている。
こんなつまらないブログを読んでくれる人がいるのはなぜだろうと思ってやまない毎日だが、過去のわたしの現在よりは若干おもしろいかもしれない記事を読んで、それでなんとなく読み続けてくれる人がいるのだろうか。
わたしとしても、ユーモアのある記事が書きたいものだ。
しかし、なかなか難しい。
いや、書こうと思えば書けるのかもしれない。
けれど、おもしろおかしい言葉で飾ると、わたしが今思っていることが読んでくださる方々にうまく伝わらないような気がするのだ。
わたしはいつでも素直な気持ちを書きたいと思っているので、たとえば「瀉血中の喜劇」のような記事をもう一度書くのは難しいかもしれない。
いや、なんだろう……このつまらないブログ。
人生の記録として書いているが、ここまでつまらないブログで大丈夫だろうか。
少しは読んでくださる方々におもしろいと思ってもらえる記事を書こうと努力すべきだろうか。
まあ、身の回りでおもしろいことがなにも起こらないのが根本の原因だとは思う。
無理しておもしろい記事を書く必要もないか。
わたしは自分が思ったことを書くだけでいいのだ。
読んでくださる方だけ読んでくださればよいのである。

今日は物件見学に行ってきた。
前の記事に一人暮らしをすることは書いたと思うが、着々と準備を整えている。
来月下旬に引っ越す予定でいる。
短期間の一人暮らしだから、不安はいっぱいある。
でも、これも人生経験だと思ってがんばろう。

今現在という限定された時において、わたしは少しだけ以前のわたしよりは前向きでいるのである。

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